放射性だけど、高性能トリプレットレンズ:minolta HI-MATIC C / The Radioactive high-performance triplet lens.


ミノルタは1928年創業のカメラメーカーで、ニコン、キヤノンと並んで多くの高級機を生み出した。2003年にコニカと合併、2006年にソニーに業務譲渡されて、現在はソニーのカメラ部門になっている。

ミノルタ ハイマチックは1960年代から20年以上続いた高性能コンパクトカメラシリーズ。コンパクトといっても大柄なカメラが多かったが、

HI-MATIC C  (1969年発売) は特別で、小さいことをコンセプトにした独特なデザインをしている。

ターゲットのライバルがいる。前年1968年に、コニカC35 (右)がコンパクトさを売りにしてデビュー、大ヒットした。HI-MATIC C(左)は、そのコニカC35のコンパクトさを追従しながらもレンジファインダーを省くことで、コストを安くした企画だ。

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ライバルよりも機構を省けばサイズも有利になるはずだが、コニカC35のコンパクト設計は優秀で、幅も高さもHI-MATIC Cのほうが大きい。せめて厚さくらいはライバルに勝ちたいと思ったのではないだろうか。HI-MATIC Cはレンズをボディ内に収納する「沈胴機構」という飛び道具メカを使って無理矢理サイズを小さくしている。

このメカで奥行き55mmのボディが収納時に48mmに縮まり、コニカC35の52mmに勝ることができた。こんな努力の積み重ねによってモノは進化していくのでしょう。


今回、注目したのがそのレンズ。

MINOLTA ROKKOR 40mm f2.7  3群3枚構成

シンプルなトリプレット構成。それでいてf2.7とライバルのf2.8 に対して僅かだが明るくしている。写りの評判も良いカメラなので、あえてレンズ3枚のトリプレット構成にこだわったのではないだろうか。


面白そうなので、壊れたジャンクカメラを買ってみた。

巻き上げが動かないジャンクで、修理しようと分解した後がある。レンズは綺麗なのでデジタル用に改造するにはちょうどいい。分解して見てみましょう。

プラスチックボディで、薄い金属製の化粧パネルの構成だ。貼り革がボディ底面まで回っているのが気になっていたが、底まで化粧パネルが回っているのが原因だった。

2本の強力なスプリングで沈胴機構を造っている。プラスチック構造なこともあり、全体に精度感を感じない造り。巻き上げ故障もギアの噛み込みが原因だった。



酸化トリウムレンズにより、レンズ透過光が黄変している

測定すると (安全な範囲だが) 放射線が出ている。光学ガラスでは最も高性能だった酸化トリウム、いわゆるアトムレンズが使われているようだ。高屈折低分散という理想的な特徴があるが放射能という有り難くない欠点も持っていて、時間がたつと隣接するレンズも巻き込んで黄変する。ミニマム構成なのに明るく評判の良いレンズなので、時代的にトリウムレンズが使われている予想はしていた。

後玉位置で0.7μSv/hを記録したが、数cm離せば環境基準以下になる。


レンズシャッターは2速切り替えの簡易型。自動露出は絞りだけが調整される。フラッシュマチック/距離に応じて絞りを調整する機構は、2つのカムで複雑な動きをつくっている。

フォーカスは前玉回転。シンプルな構造だが近距離時に描写が悪くなる。改造レンズでは全群繰り出しフォーカスにして最短撮影距離を短くしたい。


ソニーEマウントに改造。

レンズ鏡胴を分解して、レンズシャッターの開放化を行う。

フォーカスはヘリコイド中間リングを使う。40mmレンズなのでバックフォーカスは短く、11mmの中間リングがギリギリ使える。フォーカスリングと中間リングの隙間は0.5mmで、レンズ鏡胴はフォーカスリングの内側に入ってしまう。

絞りはフラッシュマチックリングにしようと思っていたが、分解したらスムーズに動かなくなってしまった。

さてどうするか。

使わなくなった前玉回転用フォーカスリングが絞りレバーと位置が近いので、絞りリングに改造することにした。


前玉フォーカスリング内側の絞り制御カムと、レンズ鏡胴に付けるM42マウントの基礎を3Dプリンターで出力する。小物なのですぐプリントできるが、時間がかかるのはこれから。現物合わせで、調整しながら組み立てる。

絞り羽根はオリジナルのまま、(元)フォーカスリングに付けたカムで、スムーズに操作できる。チープな2枚絞りは形が悪く、写りに影響がある気がする。

フォーカスはヘリコイド中間リングによる全群繰り出しで、最短撮影距離は30cmくらいまで寄れるようになった。




f2.7開放。結構ちゃんと写っている。40mmのトリプレットとしては無理をした明るさなので、フレアが全体に、周辺に向かって強くかかってはいるが、開放から使える描写だ。

f6.7 絞ると隅々まで、しっかりした描写。色収差も少なく、

ミニマムな3枚レンズには思えない高画質。


f2.7 開放

f2.7 開放

f2.7 開放
開放で撮るとフレアがかって、幻想的な感じがある。ニンジン畑が森のようだ。フォーカス部には立体感があって、ボケは独特。おもしろい。

f2.7開放。もともとの最短撮影距離より近い。近距離になると、シャープさは落ちる。


f4.5  少し絞ればシャープになり、花が浮き立つ。2枚絞りの影響で、ボケが四角く不思議なことになっている。












トリプレット、3群3枚のミニマム構成レンズで開放f2.7から使えるのは素晴らしく、現役当時は暗いところの撮影に便利だったとおもいます。ただ、フレアーがかった描写でクセは感じます。

それよりも撮影して感じたのは、少し絞った時のシャープさです。フォーカスされた部分はとてもシャープで浮き立ちますので、面白く撮影できました。2枚絞りによる四角いボケは気になりますが。

トリウムレンズの黄変はそれほどでもなく大きな問題にはなりませんでした。それよりもレンズが高性能なことは実感できます。発売当時「よく写る」評価だったのがうなずけるとても良い描写でした。













最後のEKTAR、コダックの高性能オールドレンズ  / KODAK VR35 K12 / EKTAR 35mm f2.8: The last EKTAR, Kodak's high performance old lens.


総合写真メーカーのコダックは、より多くの人に使いやすいことを目指したカメラメーカーだった。1970年代には、主流の35mmフィルムカメラから撤退し、より小さくて簡単なカメラをフィルム規格から開発していた。


1971年にコダックは110フィルム規格とポケットカメラのシリーズを発売している。小さな16mm相当のフィルムをカートリッジに納めた写真システムは、新たなニーズを産み出して、広く普及した。


その後1982年には、もっとカメラを小さくするコンセプトで、新規格ディスクフィルムシステム/カメラシリーズを発売した。110フィルムよりも小さなディスク状のフィルムは、レンズとフィルム性能の向上で画質を低下させないコンセプトだった。ところが実際にはユーザーの満足する性能に達せず、コストばかり高くなった。これは大失敗して、ディスクカメラはわずか2、3年で姿を消した。


KODAK VR35 K12/K14

1986年、実に16年ぶりにコダックは35mmフィルムカメラ、VR35シリーズを発売した。

当時の35mmコンパクトカメラはオートフォーカスが一般化してきている。ディスクフィルム カメラで失敗したばかりのコダックに開発能力はなく、メインはOEMである。これは失敗したディスクフィルムの穴を埋める企画だったかもしれない。


VR35シリーズは物量で押すコダックらしく、最初から多機種展開している。複数のメーカーが開発しているようだが、固定焦点の普及機からオートフォーカス機まで、デザインは似ている。ある程度のコントロールはしているのだろう。http://camera-wiki.org/wiki/Kodak_VR35

そんななかで、

最上位機種KODAK VR35 K12/K14はコダックとチノンの共同開発である。

生産と主なボディ開発は日本のチノンで、コダックはレンズ開発などをしている。

https://www.chicagotribune.com/1986/08/08/kodak-puts-keepsake-shots-in-easy-reach/

コダックはディスクカメラの開発で、世界初のガラスモールド非球面レンズの実用化に成功していた。その技術を活かしたかったのだろう。

高級な非球面レンズを搭載し、EKTAR銘を与えた。

EKTARはコダック最高性能のレンズだけの特別なブランドで、自社製造の物だけにつけられてきた。高性能とは実際の写りのことで、スペックの高低ではないところが素敵だ。EKTARは名レンズの系譜である。

実際、他のチノンOEM機種にはランク下のEKTANAR、他社高性能品のEKTONブランドがつけられている。これ以降コダックが倒産する2012年まで、EKTARレンズはなく、これが最後のEKTARになった。


この最後のEKTARの写りを体験したい。VR35 K12 を分解して、デジタル用の交換レンズに改造する。

kodak VR35 K12は、オートフォーカスの全自動カメラである。フラッシュが内蔵されたレンズカバーが特徴。もともと大柄なボディの外側に、カプセル状カバーを被せているので、ボディサイズはかなり大きい。

しかも大食いのカメラで、電池はオリジナル規格、当時最先端技術の9vリチウム電池を使用した。(通常の9v乾電池も、容量は少ないが使用できるようになっている。)


カプセルカメラだが、EKTARレンズには保護フィルターがついている。過保護な気もするが、新開発のガラスモールド非球面レンズはキズがつきやすいのかもしれない。気をつけて改造しよう。


レンズは3群4枚構成のテッサー型だ。絞りはレンズの後ろ、ビハインド絞り。

後玉が12mmとけっこう大きく、自作の絞りをつけるとすると、フォーカスヘリコイドとの場所の取り合いになる。結局フォーカスヘリコイドも自作、3dプリンター製フルスクラッチのレンズ鏡筒になった。

フォーカスは回転ヘリコイドで30cmくらいまで寄れる。絞りはf2.8開放とf5.6の2段階、レンズ全面のレバーで操作する。

さあ、最後のEKTARで撮ってみよう。


f2.8開放 中間画角くらいまではシャープに写る。周辺にかけて、解像はしているがフレアーがかかるようになってくる。

f5.6に絞ると、だいぶすっきりとシャープになる。隅の部分はまだフレアの影響を感じるので、遠景を撮るならもう一段絞りたいところ(今回の改造レンズでは、これ以上絞れない)



絞りf2.8開放。バブルボケの描写。背景が離れるとボケは滲んで悪くないが、ハイライトはうるさくなるようだ。


f5.6に絞る。絞ればボケは小さくなるが、ボケ質は同じ傾向。




フォーカス部分は、シャープで抜け良く気持ちがよい。







色が際立つクッキリとした描写。きれいなコダックらしい青。




アート作品。現物は繊細な印象だったが、写真では背景のトーンが沈んで、白い糸とのコントラストが強調された。


夜の公園はf2.8開放。背景は暗く沈み、被写体が浮き上がる。


最後のEKTAR、非球面レンズの癖もなく、抜けよく気持ちよく写るレンズです。

コントラストの強いテッサー構成レンズらしく、暗部は沈み込みます。一方、色味は鮮やかで昔の地味なテッサーとは違うところです。近代のレンズコーティングの効果でしょうか。

絵づくりでは、トーンの沈んだ背景に鮮やかな被写体が際立ち、コントラストで楽しめます。さすがEKTAR、楽しめる良いレンズでした。