カメラの自動露出が初めて普及したのは1960年だ。
1960年、OLYMPUS Auto Eyeは世界初の本格的な自動露出機能でデビューした。
https://camerapedia.fandom.com/wiki/Olympus_Auto_Eye
当時はまだセンサーもバッテリーも未熟で、セレン光電池が生み出す弱い電気を工夫して、自動露出にしていた。シャッターストロークで絞りを動かすカラクリは見事だ。
レンズは45mmf2.8、距離計付きのカメラは21500円の価格。初任給よりも高く、当時カメラはとても高価だった。
ところが1961年に価格破壊が起きる。
キヤノンがCANONET を18800円という低価格で発売した。オリンパスと同じ自動露出で距離計付き。そのうえキヤノンは高級機メーカーでブランドは一枚上、レンズはさらにおごってf1.9の明るい高級レンズをつけてきた。
格上のブランドがより高性能なモデルを格安で出したのだからたまらない。売れなくなったオリンパスは低価格化で対抗した。
1962年、2代目OLYMPUS Auto Eye2は大幅にコストダウンして登場した。
価格はキヤノネットより安く、16800円。
コストのかかるレンズは、キヤノンのf1.9までは明るくできない。初代と同じ3群4枚テッサー構成のまま、f2.5まで明るくした。
テッサー構成は、f2.8の明るさが限界と言われており、それ以上明るくするのは難しい。
この限界を超えたf2.5レンズはどのような写りをするのだろうか。
2代目OLYMPUS Auto Eye2のジャンクからレンズを取り出して、改造してみよう。
ボディ前面の張革を剥がすと、レンズの載ったボードがビス留めしてある。そのボードに被るようにボディ天面、底面カバーが付いている。
レンズ鏡胴は、汎用部品のシャッターユニット中心に構成されている。ボード後ろ側からリングナットをはずせば、分解完了。
レンズシャッターは閉じているので開放化する。前側からシャッターユニットまで分解する。絞り機構を活かしたまま、要らないメカを外してシャッターを開放側に固定する。
フォーカスは前玉だけ動かすシンプルな前玉回転。でも近距離が弱いので、ヘリコイド中間リングによる全群繰り出しにした。これで近距離撮影にかなり強くなる。
改造したレンズは、コンパクトにまとまった。
金属と黒のリングが交互に並び、クラシックな雰囲気だ。レンズ前面にもセレン光電池と思ったが、なんとこれは、ライバルのキャノネットを意識したダミーのお化粧。
厳しいはずなのにつまらないところにコストをかけている。なんか負けフラグが立っているようだ。
さて、どう写るか撮影してみよう。少し絞っただけで、クリアでシャープになる。ところが2枚絞りは四角く絞られるので、ボケも四角くなる。ハッチングしたみたいだ。
この D. ZUIKO 4.3㎝ f2.5 特徴は開放のフレアとボケで、強度の2線ボケです。ボケがうまくいくと絵画のようになり、失敗するとガッサガサにうるさくなります。
明るくてもf2.8といわれるテッサーですので、やはりf2.5の口径比は限界を超えているようです。このフレアとボケの強い個性(破綻?)は、楽しめます。
同様にテッサーの限界を責めたレンズに、1960年のニコンNIKKOREX 35があります。このレンズ NIKKOR-Q 5cm f2.5 は高性能な光学ガラスを使うことでf2.5を達成したとしていますが、開放のフレアは同じようにありました。ボケも似た傾向はありますが、だいぶマイルドです。
https://takacustomlens.blogspot.com/2022/11/25nikkor-q-5cm-f25-nikkorex-35-lens.html
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