クラウンガラスとフリントガラス
まずは光学ガラスからはじめてみる。
レンズに使われる光学ガラスは2酸化ケイ素を主原料にしながら、大きく分けてクラウンガラス(窓ガラスなどよく使われるガラス、低屈折)と、フリントガラス(クリスタルガラスなど、高屈折)に分かれる。
そのフリントガラスは、鉛などの酸化金属を大量に溶かすことによって高屈折を得ている。溶かす金属がキモだが、その効果を予測するのは難しく、19世紀のドイツ、オットー・ショット等による数多くの実験から、有用な光学ガラスを見出したらしい。https://en.wikipedia.org/wiki/Otto_Schott
このショットの光学ガラスは、19世紀後半に光学レンズの性能を大きく向上させたが、1930年代後半にさらにもう一段向上する。舞台はアメリカ、 George W. Moreyとコダックによる「新種ガラス」である。
この時生まれた「新種」のフリントガラスは、高屈折でありながら低分散という、レンズにとって理想的な特徴を持ち、現代から見ても最高の性能を持っていた。
新技術のひとつは、材料を溶かして混ぜ合わせるのに、プラチナの容器 (坩堝) を使ったこと。1400℃になる高温度でも安定する唯一の素材として、超高価なプラチナを使った。
もうひとつは材料のレアアースだ。精製の難しかったレアアースが、精製技術の進歩で使えるようになった。レアアース精製技術は原子力爆弾開発に必要だったのだ。
レアアースであるランタンとトリウムを使ったレンズは圧倒的な高性能を持ち、そのため重大な欠点があるにもかかわらず1950年代から広く普及した。
トリウムレンズ=アトムレンズ
重大な欠点はというのは、トリウムが放射能を持っていること。その放射線の影響は大きく、数年でレンズが茶色く変色してしまう。そして健康被害。レンズから出る放射線は、自然環境の放射線量に比べてさほど大きなものではないが、製造過程ででる粉塵を体内に吸入するのは大問題だ。レンズは研削加工品なのだ。
そんな問題を認識しながらも、トリウムレンズは高性能すぎた。なんとか代替できるレベルの光学素材が開発できて、そして環境基準が厳しくなった1977年まで長く製造された。
高性能で問題の多い個性的なトリウムレンズは、その放射能からアトムレンズともいわれている。今回のテーマは末期のアトムレンズとして有名なレンズである。
SMC TAKUMAR 50mm f1.4 (1973-1975)
SMC PENTAX 50mm f1.4 (1975-1977)
ペンタックスの標準レンズ、マウント切り替え前後である。M42マウント最後のTAKUMAR 50mm f1.4と、最初のKマウントで最後のアトム、PENTAX 50mm f1.4である。
どちらも同じ6群7枚のレンズ構成ということで同じに見えるが、一部コーティングには違いがあるようだ。そしてトリウムレンズの影響で、同じようにレンズが茶色く変色している。
開放f1.4から使えるレンズだが、絞ってもカリっとはしないで柔らかい描写をする。夕景の写真を見るとコマフレア自体は少なそうだ。
接写例はウランガラス。開放f1.4。中間リングで30㎝くらいまで寄っている。
ピントは極薄だが、けっこうちゃんと写っている。近距離は得意な印象。
ウランガラスには、微妙に放射能のあるウランが含まれていて、紫外線を当てると発光する。薄暗い部屋で夜通しお酒を飲んでいると、夜明け前に光りだすらしい。
撮影して気づいた点
・ボケが特徴的なこと。後ボケは強烈なシャボンボケで2線ボケになる。画面全体に均質で、距離によって絵画のような効果になる。
前ボケはきれいに溶けるのだが、溶けすぎで不思議な雰囲気も出やすい。
・開放、近距離からコントラスト良く写るが、絞っても柔らかい描写で、カリカリなシャープにはならない。
・レンズの着色のせいで、茶色くセピアな世界になる。オールドレンズならでは、とも言えるがちょっときついかも。もう少しマイルドにしてみたい。
放射線によるレンズの変色、ブラウニングには対処方法がある。紫外線や明るい光に晒すと、発生した茶色い色素が破壊され、クリアになるそうだ。日光浴すると色白になる。やってみよう。
トリウムレンズは後ろ側なので、窓際に後ろを上にしておく。火事にならないように金属製のレンズキャップをして最少絞りに絞っている。
この窓は午前中しか日光が当たらないので、午後は日陰になる。日陰でも紫外線は結構あるというのでそのまま置いておく。
右側が日に当てたTAKUMAR。4日ほど日光に当てた結果は、微妙に改善されたとおもう。
これ以上を望むとしても、ガラスは紫外線透過率が高いわけではないので、このままでは限界がある。患部に光を当てて完全に治療するためには、分解手術が必要になりそうだ。
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